あっという間に重油が流れだし地元の人は大さわぎでした。 そしてすぐに家内(信子さん)は、連日ボランテイアで重油回収に向かいました。 重油回収の仕事は思いのほか、重労働と云っていましたが私も実際その場で作業をやってみるとコールタールのように重たい重油に手を焼きました。 練習中にいつも見ていた透き通るような海があっという間に黒い悪魔にさらわれてしまったようで非常にくらい気持ちになりました。 私も1月中旬からボランテイアに加わり現地にいましたが大きな災害現場といった惨状で、 連日ヘリコプターが飛び交い、そしてその下を地元漁師やお年寄りがひたすら重油をすくっていました。 そういう中で感動したのは、関西方面から来ている20歳ぐらいの若者たちが、 真っ黒になりながら目を輝かせて働いている姿を見たときでした。 彼らは阪神大震災を経験しているからでしょうか。 とてもこころ強く思ったものでした。 運んでも運んでも次の日にはナホトカ号から重油が流れだし、 潮の流れによって違う海岸に流れ着くというくり返しでした。 いったいいつになったら元通りになるにだろう。 地元の人たちはそれさえも考える余裕がないように思えました。 もし、こんな状況の中で、私がこの海岸を走ろうものなら誰でも後ろから銃で撃って下さいと云っているようなものでした。 そんな厳しい状況がかなりの長い間続いています。 本来このようなことがなければ海岸の練習コースには松林があり、 公園がありそして適度なアップダウンがある本当に気持ちよく走れる恵まれた所なのですが… 早くなんの気兼ねもなしにまた東尋坊コースを走れればいいと思います。
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