アトミクラブ
特別寄稿 ランニング学研究
宇佐美彰朗先生

【ランニング走法について−私の経験と指導から】

この特別寄稿は、ランニング学会誌に掲載されたものを宇佐美先生の許可を得て掲載しております。

キーワード

ランニング・フォーム、動作表現と実際、足底と接地、前傾姿勢、肘振り

はじめに

 「ランニング」における走法や走技術は、脚部及び足部の構造や重心の移動を理解することから 始まる。それに加えて、忘れられがちなのが身体全体の左右、前後のバランスである。また、身体 全体から言えば、前傾姿勢と関わりの大きい重心のあり方も大変重要である。腕の存在は、時に邪 魔者扱いと言っては言い過ぎてあるが、それほど注目されることがない。しかしながら、実はこれ が足部のあり方と大変密接な関係にあることも見逃されやすい。
 まず、最も関心の高いこととして、足底部の踵から爪先まで水平面と、立位行動を支えている脚 の垂直軸的側面とのバランスを知ることの重要性を述べる。そして、脚部の骨格や筋群の関係が合 理的に作動してはじめて理想的ランニングフォームの習得が可能になることを述べてみたい。次い で、前傾姿勢、肘振り、視線、その他についても、自らのランナーとしての経験と、これまでの指導 経験から、理想的なランニングフォームを習得するためのポイントや工夫について述べていきたい。

1.足底部:「踵からの接地の方法にコツあり

 これまで、ランニング走法における接地の仕方に関する説明の多くは、「足裏は踵から接地する・・・」 という表現であった。これは、実は歩行動作の接地の説明とほぼ同様に思える表現である。この表現で は、いかにも踵の末端(爪先から最も遠い最後部)から接地を開始することを強調しているように受け 取られがちである。その影響からか、踵の末端からのきこちない接地をするランナーが多く見受けられ る。ランニング走法の説明の言葉としては、決して間違ってはいないが、表現が不十分であると言わざ るを得ない。そうした「ぎこちない」あるいは「円滑さがない」と感じられる理由を検討する必要があ る。
 その一つとして、「踵」には一応の広さのあることが注目されていないことが上げられる。足底の 接地開始では、「踵から接地」といわれる部分が「踵最後部からの接地」として理解され易い。しかし、 踵最後部からの接地開始は、歩行動作での接地方法であり、走るためのものではないはずであり、 走動作での円滑さが失われる原因となる。記録だけに注目し、速く走ればが全てが良いとみなす向 きもあろうが、走動作の円滑さを損なえば、走速度にも必ずマイナスの影響を及ぼしていることに なる。
 ランニングフォームは身体全体で表現されるものであるので、踵最後部からの接地について、特 に前傾姿勢維持や接地の衝撃緩和の点からも、「接地開始場所の捉え方」には次のような工夫が必要 である。

工夫1:
 踵からの接地は、「踵部分の前側(土踏まずに近い部分)から接地を開始する。」という程 度の捉え方がよい。指導の際、対象者によっては、土踏まずが接地開始場所であるという指示の仕方 も効果的である。

工夫2:
 踵からの円滑な接地を確保するようにする。それと同時に前傾姿勢を確認し、腕振り (後への肘振りが適当であるかどうか)の役割を確認する。

工夫3:
 土踏まずからの円滑な接地によって、その円滑さが着地時の衝撃緩和をもたらしている ことか認識できるようにする。

 以上のことを図1で解説すると、踵部分の土踏まずの「境目」(図1、@、Bの部分)から接地を 開始することが目安となる。これは、身体全体の重心移動やそのあり方とも関係する。

図1

図1 足底部の接地について @におけるBから接地を開始する

2.足部と指:「足指のスナップ動作を生かす」

 この項では、足部の指が、ランニング走法のあらゆる技術と関連することを説明し、その理由を 解説する。

 それは、「足の甲と足の指(5本)の共働作業力」である[手の指の動作の場合、例えばボールを投 げる際、そのスピードや方向性のコントロールには指先のスナップ動作が重要な役割を果たしている。 ランニングの場合、足の各々の指がその役割を担っていと言える。理由は定かでないが、これまで 足の指の役割が認識されず、足の指が活用されていないことか多かったと言えるこ そこで、手の指 と同様に、走る時は足の指が「スナップ動作」の役割を果たすことができれば、スピードコントロール や衝撃緩和などへの働きに大きな影響を与えることか出来る。

工夫1:
 脚部では、通常、腕に比べ各部の複雑な協働作業がなされていないので、足の指の感覚 として、まずは5本指の中でも親指と小指だけでも接地面の感覚が感じとれるようにすることから 始める。そして、次第に指5本がそれぞれ独立した感じが得られるようにしてゆく。

工夫2:
 足部では、「踵部分」と「土踏まずのアーチ」そして「足の指」という各部分がそれぞれ 一連の動きに連動していることを、走りながら感じ取れるようにする。そして、最後に地面を離れ る個々の指先がそれ(離地)を感じ取れるようにする。

工夫3:
 足底部はそれに乗っている身体全体の前傾姿勢を保持する基点となるが、足底部で重心 移動や前傾姿勢の状態を感じ取れるように感覚を磨く。
 足指のスナップ動作と言っても、親指は大きく小指は小さいので、足部の指のスナップ動作には 僅かな時間差が生ずることも感じ取りたい。また、足部は回転するかのように、全身のランニング動 作をリードしている訳で、足の指の一本ずつが明確に力をいれているのでなく、指が地面を「感じ 取れる」くらいの意識で良いのである。
 こうした指の感覚を磨く方法としては、指の間に脱脂綿など柔らかなものを挟み込んで、歩行や ジョギングを短時間実施してみるのが有効である。 指の感覚が感じられたところで、その詰め物を取り除く。 そしてこれをこまめに繰り返すのである。(図2参照)

図2

図2 足指のスナップ動作
接地直後に踵部分が地面を離れ、指先を軸に移行するスナップ動作の様子。 踵部分が持ち上げられながら、重心の移動が指先方向へ同時進行する。 そのまとま りとして点線矢印が、足部全体の進行方向である。

3.脚部:「足部(足の甲)と膝の関係から見られる
   もう一つのバランス」


 図3-1の脚部を前面から見ると、実線のように膝と足部の親指と小指で三角形を描くことがで きる。この3ポイントで構成される三角形を意識できていることが重要である。理由は、走行時に は必ず片足で全体重を支える瞬間(時間)が必要だからである。その際に、片足の足裏で全体重を 受けてバランス良く支えることができれば、走行での安定度が増し、正確な走動作を確保すること ができる。

図3-1

図3−1
膝と親指、小指での三角形。膝が足の甲に乗せられる感覚が秘訣 !

 なお、この脚部前面の三角形と図3-2に示された足底部の3ポイント(親指、小指そして踵) の三角形が立体的に組み合わされることにより、脚部に立体的な三角形ができることになる。この ことで、安定度の高い正確なランニングフォームを獲得することが可能となるだろう。

図3-2

図3-2
踵と親指、小指での三角形。当初は親指と小指の感覚が意識できることが秘訣 !

工夫1:
 脚部における膝と足部の各ポイントの関連において、図3-1の点線で示したように、 膝が足部の甲に乗って通過する移動軌跡を描くような動作をイメージできるようにする(当然左右の足について)。

工夫2:
 このバランスを容易にマスターするには、まず、片方の足部の親指と小指で一本の線を挟み捉えるように、足底部が線を踏むことである(当然、左右とも)。

工夫3:
 脚部についてもう一つ付け加える項目としては、左右の正確な肘の振りで走バランスの安定度を増すことによって、身体全体のバランスを確保することができるということである (肘振りの項で再度説明する)。
 図4に見られるように、脚部は体重を支える役割、体重を運ぶ役割を担うことから負担がとても大きい。身体全体における筋量の相当量が脚部に配置されていることからも理解できる。 そのため僅かであってもアンバランスが発生すると、長い時間、長い距離の中で蓄積され、スポーツ障害の原因、誘因となると考えられる。

図4

図4 脚部を丈持足が体重を支える。
走りズムや走バフンスは、膝と肘をポイントとすることか秘訣!

4.前傾姿勢:「ランニングフォームは全身体で」

 ランニングフォームにおける前傾姿勢の必要性を、歩行動作での歩行開始場面に遡って考えてみる。 ヒトか移動開始するときには、まず、進もうとする方向へ支持足の足底部を基点として、身体内で重心移動が開始し、移動方向へ身体が傾き始める。つまり、足が動かされて移動が開始 されるのではなく、重心移動の開始が先で、完全に片足に全身が支持されたときに、反対側が 地面を離れ前方へ運ばれ、その後着地する。この動作が左右交互に繰り返されるのが歩行動作 ある。走動作でも、歩行動作と同様に、重心の移動が最初であることを理解し、習得しなけれ ばならない。言い換えれば、「前傾姿勢」は図5にあるように、支えている足部よりも身体 重心が前方に移動することによってを開始し確保されるのであり、それがランニングフォーム の始まりである。このことは、合理性を追求するランニングフォームの出発点と言える。

図5

図5 ランニングフォームは全身全体で。
「へそ」が前上方向、約45度(点線矢印)を目安に。

工夫1:
 前傾姿勢は、「腰部」がポイントであるかのように考えられがちであるが、身体全体 で考えなければならない。特に、腹筋力と背筋力のパランスが取れてはじめて前傾姿勢が確保 できることを知っておく必要がある。

工夫2:
 合理的な前傾姿勢がとれず、「前屈」(前屈み的)であるとか、上半身が反り返るよう になる例が時折見られる。それらを修正するには、背部に抵抗を与えて(引っ張るなどして)、 その抵抗を引く際の筋群の働きの具合を意識することが有効である。そして、抵抗を無くして 走る時にもそれらの筋群が使われるような走り方、フォームを繰り返すことが大切である。

工夫3:
 前傾姿勢において、足底部の接地の仕方と重心のあり方が前傾角度を決定する要因 になる。しかし、その補助的要因として、前傾角度を保持する役割の一つが肘振り(腕振りと同様) であることを付け加えておく(肘振りの項を参照)。
 結局、身体全体が複合的に協力し合うことができるためには、それがまとまるためのポイントを 一つ持つことが秘訣である。前傾姿勢をまとめる秘訣は「へそ」にあると言える。つまり、 図5に点線で示したように、「へそ」を前上方向(角度45度)へ引き上げる意識をポイント にすることが、身体全体をまとめ上げる役割を果たす。

5.肘振り:「走りズムと走バランスの関係は肘振りで」

走るリズムは、腕部の「肘」の部分(図6,7)をポイントとして振るなかで、その走リズムが生 み出すと言う感覚がよい。つまり、「肘振り」とは、従来の「腕振り」を意味するものではあるが、 指導場面では「肘」をポイントにした方がランナーは意識し易く、それが走リズムや走バランスにも 役たつ。
 多くのランナーを指導した経験では、「腕振り」と表現すると、腕全体の振れによってリズムを生 み出すというイメージに勘違いされる例が多く見受けられた。そのような間違ったイメージを避け るためにも、肘の先端を意識して振ることの方がより合理的で効果的であるということができる。 つまり、肘をポイントにすることで、走バランスのコントロールが容易にできるようになるのであ る。

図6

図6 肘振り(腕振りとは強いて表現せず)
矢印のように前後動作することがポイント、
決して手首、肩が意識されてはならないことが秘訣!

図7

図7 肘のポイントとして肘頭を振る感覚。
肘ふりは肘頭にポイント集中できることが秘訣!
(肘を後ろから見た図)

 一方、「腕振り」と表現した場合は、腕の筋群に無駄な緊張が生じやすく、時には手首だけが振ら れたり、極端な場合は肩も一緒に振られるという不合理な振り方に陥りやすい例が多く見られた。 以上は、指導場面において、ランナーのバランス感覚やスピード変化への対応性を修正した 結果得られた所見である。

工夫1:
 肘振りは、「腕」よりも「肘」に意識を集中して振る。特に図6に示すポイントを意識し て振ると合理的に振ることができる。特に、手首が緊張しないように、手の指は握るのではなく、 まとめるだけにする。

工夫2:
 肘振りは、その素速さによってスビードとの関係を演出できる。手首や肩の無駄な緊張 を除いて一定の振幅でスピードに対応できるようにすることが、長時間振り続けるためにも合理的 である。

工夫3:
 肘振りは、前傾姿勢の角度を保持する役割を持つと同時に、走りズムと走バランスのコントロール をリードする役割を演ずることができる。肘振りが走りズムを創りだすという感覚を持 たせることが、指導場面においても有効である。
 体側に沿った肘振りの円滑な前後動作は、実際の経験からも、「肘」をポイントにすることによって、 長時間、シャープに肘振りが保持できる。その状況を振り返ると、肘の前後動作では、前後に 振れる筋力さえあれば、前後の弾みに似た動作の連続であり、決して力をいれる感覚ではないので ある。こうした感覚は、指導場面でも、疾走状態でスピードを保持する上で、あるいは走バランス の補助役として応用できるので、その効果が期待される。
 結局、腕振りと肘振りの違いは、運動表現の違いであるが、「肘振り」と表現することで、意識の 持ち方に変化が見られることが多い。その際、実際の経験から得られた感覚が重要になると思われ る。前にも述べたが、身体の各部が集合体としてひとつの動きに集中するためには、ワンポイント を持つことが合理的である。そこで、肘振りにおいても、図7に示す肘全体の中でも肘頭部分をピ ン・ポイントに意識をおくとより効果的である。

6.視線:「ランニングフォームと視線

 ランナーの間では、視線のあり方がよく論議になる。指導経験からすると、各自の身長の4〜5 倍程前方に視線を落とす感覚を目安にするとよい。前述"4.前傾姿勢:工夫2"で説明した通り、 視線は前傾姿勢と関連があり、視線とランニングフォームは切っても切り離せない関係にある。 また、視野との関係では、肘振りの振幅の目安を把握できるような視野を得られるように視線を置く ことが望ましい。
 まず、前傾姿勢との関連について説明すると、頭部の位置が姿勢角度に影響するので、視線が遥 か前方とか上部であると、前傾姿勢は取りにくくなる。一方、それがあまり足下や下方を見てしま うと前屈傾向が危惧される。次に、視野との関係では、振られた握り挙(指がまとめられた手であ る)が視野の下部にあって、手首はわずかに見え隠れする程度に保持すると、肘が適当な振幅で身 体の体側を前後動作する目安として良いのである。
 ところで、視線については次のような疑問が想定されるので、以下に解説する。

質問その1:「視線を前方に落とすと信号が見えないのでは?」
 ランナーの「視野」に信号が入っている場合には十分対応できるはずである。

質問その2:「どうして身長の4〜5倍前後の前方なのか?」
 身長の4〜5倍前後とすることによって、身体 構造上、呼吸気道を確保することができるためで ある。頭部が上を向き過ぎたり、下向きになったりすることによって気道が狭められてしまわない ようにする目的がある。

質問その3:「視線は一点を見るのか?」
 一点を見るのではなく、もっと前方周辺を「見渡す」という感覚が適切と思われる。
 結局、視線は、動作や行動意欲などの根元的な表出であり、運動やスポーツの場合でもその窓口 でありリーダーと言えるのである。視線が、乱れたり、集中できていなかったりすることは運動成果 が求められないどころか、怪我などの発生率を高めてしまうのでる。

7.その他

1)「一本の線上を走る方法」を活用する秘訣

 これまで述べた各項目を習得するためには、一本の線上を走るようにしてみる。足底部の接地の 仕方についても、この一本の線上を目安にすると、足底(足の裏)の幅、内側(親指側)と 外側(小指側)の状態を認識しやすく、安定度も増してくる。 また、爪先から踵最後部までの長さが意識でき、スピードコントロールや衝撃緩和のテクニック が習得しやすくなる。例えば電車内で立っているときは、揺れに対応するために、足元は両足(脚) を開き気味にする。その反対の捉え方が、一本の線を意識する方法である。すなわち、揺れること はない地面(走路)に対して、一本の線上に足元がしっかりと踏み込み続けながら走ることを意識 することで、上半身などの身体の揺れを無くしていこうとする感覚なのである。

2)「吐き出し呼吸法」を強調する理由

 ランニングの際に呼吸方法が議論されることも多いので、一つ提案したい。それは、呼吸の吐き 出し(呼気)を強調する方法である。これによって、走リズムは円滑になり、レースなどでの息苦 しさを防ぎ、完走がより確かなものになるだろう。 連動中あるいはスポーツ活動中の呼吸において吐き出しを強調することで吸い込み(吸気)がよ りスムースになると考えられるからである。

3)「前傾姿熱」と腰部周辺の筋力の関係

 記録更新を目指すランニングならびに健康ランニングのいずれにおいても、ランニング走法を習 得する上で腹筋力との関係が共通して重要になってくると考えられる。前傾姿勢を習得するために は、腹筋力を増す必要がある。ところが反り返る状態の姿勢では、腹筋への効果的な刺激とはなら ず、背筋と腹筋のバランスは取れずに腰部に違和感や痛みを生じるようである。その対処方法とし て前傾姿勢を指導すると痛みが回復しバランスの良いランニング走法が習得できたという例が 見られる。また、競技記録の面でも、前傾姿勢により、ランニングフォームが洗練され、記録が更新 した例も少なくない。

終わりに

 ランニングの走法について、著者のランナーとして、あるいは指導者としての経験を通して、私 見を述べてきた。特に、足底部での接地の仕方、足部での指のスナップ動作、膝と足部の親指と 小指で描く三角形のバランス、前傾姿勢の捉え方、肘振りの意義、ランナーの視線、あるいは ランナーの呼吸法などを取り上げ、著者の考える理想的な走法を提示したつもりである。 また、そうした走法を習得する上で、工夫すべきポイントを具体的に示してみた。 このとき、自らのランニング体験から得られる感覚を磨いてゆくことが重要だと感じている。 ここで提示した走技術は、このような著者の感覚、経験をことばで表現したものである。 経験を客観化し、共通の法則性を見いだすことは極めて困難な作業であろう。しかし、個々人の 経験を集積し、論議して行くことによって、また客観的研究手法(バイオメカニクス的研究) と相互に補完することで、優れたランニング技術の体系化が可能になるのではないかと考えている。


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