アトミクラブ
江ノ島100キロ完走記 大場信也さん

 江ノ島100キロマラソンは片瀬江ノ島駅前のぼろ旅館(前日はここに泊った)の裏玄関がスタート地点であり、 ここから海岸沿いのサイクリングロードを10キロ行って戻ってくる。 それを5往復繰り返し、100キロ走るというレースである。 流山CJのベテランウルトラランナー鈴木さん(2000年は6回ウルトラ完走)に連れられての初ウルトラ参加となった。

 スタート時間は午前3時。さすがに寒い。これから5時にかけて更に寒くなるという話しだったので、 長袖シャツの上にウインドブレーカーを着こんで走ることにした。 私の装備はというと、ロングタイツ(ワコールCWX)、半そでシャツの上に長袖シャツ、帽子、手袋。 ボトルホルダー付きのウエストポーチ(ポーチの中身:350リットルの水、金、ポケットティッシュ)結果的に必需品だったのはポケットティッシュ。他は無くても良かった。

 コースがわからないので、鈴木さんから離れないようについて行くしか方法はない。 自分のペースも何もあったものじゃない。どうせ100キロを走るペースなんてわかっていないので、 鈴木さんについていくのが一番良いと思ったが、予想していたより速いペースである。

 サイクリングロードに入るとまったく明かりはなく、漆黒の闇の中を走って行く。 ただ、鈴木さんの白いシャツと白い靴だけが見える。 景色が動かないので鈴木さんが走っているというよりその場で足踏みをしているように見える。 自分もその後ろで足踏みをしているような妙な感覚である。スピード感、距離感がまったく無い。

 30分くらいしたところでトイレに行きたくなった。「トイレはありませんか」と鈴木さんに聞く。 7キロぐらいの地点でトイレ発見。鈴木さんには先に行ってもらう。 ちょっと落ち着いたので、鈴木さんを追いかけて走る。 時間的には折り返し地点はもうすぐなので、追いつけなくてもすれ違うはずと思っていた。 ところが、追いつきもしなければ、すれ違いもしない。 その内、サイクリングロードが無くなり、公園のようなところへ迷い込んでしまった。 おかしいと思い出口を探すとそれらしきところがあった。 そこを出ると、車も通れそうな真直ぐな道があった。ここだここだと思い走り始める。 ところが、時計を見ると1時間5分を過ぎている。これはおかしい。 キロ6分を切るペースで走ってきている。 途中トイレタイムが5分あったとしてもおかしい。 どうやら道に迷ってしまったようだ。 しょうがないので、もと来た道を戻ることにする。 もし、ミスコースしていたら、このまま戻っても100K走ったことにはならない。 最初の10キロでもう、終わりなのか…。折り返し地点をなんとしても探すか、 後から来るランナーを待つかしかない。 パニック状態になっているその時、 鈴木さんの「大場さぁ〜ん」と呼ぶ声が聞こえた!地獄に仏とはこのことか。 やっとめぐり合えた。通りすぎてしまったあの場所が折り返し地点であることを知る。 印も何もなかった。これではわかるわけが無い。 では、何故、鈴木さんと会わなかったのか。じつは別れた後、鈴木さんもトイレに行き、 その間に私が追い抜いていったらしい。

 2往復目になっても、空は明るくならない。 サイクリングロードに入ったら真っ暗。途中、何人かウォーキングの人とすれ違う。 「おはよう」と声をかける。真っ暗な中ウォーキングをするとは随分変わった人だと思う。 もっとも、向こうも真っ暗な中ランニングをするとは変な人だと思ったことだろう。

 星野さん大山さん鈴木さん、みんなに注意された「腕の振り方が悪い」と言う言葉が頭に浮かび、 腕ふりだけに集中して走ることにする。 大山和子さんの「80キロまではペースを上げちゃだめ。 80キロまで我慢して、80過ぎたら力を振り絞れ」という言葉が頭に浮かぶ。 「マイペース」と一人で声を出す。工藤さんの言葉「ゴールしたイメージだけを思い浮かべろ、 80キロ行ったらとか途中のイメージは頭に描くな」次に腕時計のボタンを押すときはゴールする時だと決めて、 途中のラップタイムを取るのは止めた。 (本当は10キロ時点でコースがわからなくなり、パニック状態からボタンを押すのを忘れただけ)星野さんの言葉「腕ふりをしっかり」「応援を受けたら手を振って挨拶しろ。 他のランナーに挨拶してみんなから元気をもらえ」「どんなに疲れていても最後はスパート!」先輩ランナーの声と顔が浮かんでくる。

 夜が明けてきた。江ノ島から出てくる日の出がすごくきれいだ。 この美しさは暗闇の中を3時間も走ったランナーには感動的すぎる。 コースの半分ぐらいのところにきたら、小学4年生ぐらいの女の子と1年生ぐらいの男の子がなにやらお盆のようなものを持って立っている。 近づくと中には小さなバナナと飴とチョコレート。「どうぞ、食べてください」と女の子。 「ありがとう」と答え、私はチョコレートを1個もらった。応援がまったく無いレースだっただけに目頭が熱くなった。 走り出したが、後ろを振り向き、大きく手を振って「ありがとう」とさけんだ。 本当に泣きそうだった。甘いチョコレートの味が口の中で広がる…嬉しい、そして、元気になった。 「おじさん、完走するよ」と心の中でつぶやいた。

 復路は江ノ島が目標になるが、往路は目標が無い。朝、くっきりと見えた富士山も日が昇ると霞みの中で何も見えない。 延々と続くサイクリングロードをひたすらとぼとぼ走る。 海にはサーファーがぷかぷか浮かんでおり、まるでアシカの群れのように見える。 さすがに足に疲労がたまってきた。時々、立ち止まって膝の屈伸とストレッチをする。 5往復コースというのは退屈だが、利点もある。ちょっと歩いちゃおうかなと弱気な心が出てくると、 向こうからランナーがやってくる。 多分、私より遅いランナーだろう。そのランナーに先に行っている自分が歩いているところを見られたら、 格好悪い。そんな気持ちになり、なんとか走りつづける。 すれ違う人すべてに手で挨拶し、「がんばれー!」と大きな声をかける。 その内、人に言っているのではなく自分に「ガンバレー!」と言っていることに気づく。

 5往復目往路(80〜90キロ) 思ったより足のダメージが少ない。 これなら行けるという思いが強くなった。時計を見ると、8時間40分(くらいだったと思う)もしかすると、 このままのペースで行っても11時間を切れるのではという期待の気持が沸き起こってきた。 すれちがうランナーの走り方、表情からみんなつらくなってきているのがわかる。 「がんばれ!」と相手と自分に声をかける。互いに目が合い「はい」と答えが返ってくる。 ランナーの苦しそうな表情から笑顔が見えると、自分も元気になってくる。 星野さんが言っていた「元気をもらう」とはこういうことかと実感する。

 エイドに到着。時計は9時間45分くらいだったと記憶している。橋本さんに「90キロまで来ました。後10キロです」と私。 橋本さんがにこにこして、「これなら暖かいうちに帰れますね」と言ってくれた。 こうなったら、11時間を切りたいと思い、ポカリを一杯ごくりと飲んで、すぐに折返す。 今までのペースを維持すれば、10時間58分くらいでなんとかゴール出来る。

最後の復路を走り出す。途中でいつものように鈴木さんとすれ違う。「ラストです」と言うと、「完走だね」というにこにこした声が返ってきた。 「はい」と言ってすれ違う。残り5キロになったら、ペースを上げるぞと思うが、 その残り5キロ地点になかなかたどり着けない。 やっとの思いで95キロらしき地点を通過。ちょっと元気が出てきた。時計を見ると残り20分ある。 (多分そのぐらいだったような)。ここから、ペースを上げる。もう、江ノ島だ。あと500メートル。 時計をみるとなんとか50分を切れそうな気がしてきた。国道を左折すると、まもなく片瀬江ノ島の駅だ。 駅を右折して弁天橋を越える。ゴールだ!エイドに飛び込み、時計を止める。 自分の時計で10時間49分15秒。

 旅館に上がり、畳に横になる。風呂に入ろうとするが、立てない。 左膝が骨折したように痛い。 右足のダメージが小さいのがせめてもの救いである。 左はちょっと体重をかけただけでも痛みが走る。11時間に渡る戦いは終わった。 感動で頭の中が一杯になるかと思っていたが、終わったということしか頭に浮かばず、それ以外は何も浮かんでこない。 電車に乗ると、すぐに眠気が襲ってきた。

 かくして、私のウルトラ初挑戦の幕は閉じた。 100%燃焼しきった江ノ島100キロであった。 江ノ島100キロに誘っていただき一緒に走った鈴木さん、自分のことのように完走を喜んでくれた工藤さん、すばらしいアドバイスを下さったランナーの皆様。 感動をありがとうございました。


| アトミを繋ぐ | 大会参加報告52号へ |