アトミクラブ
Takeオジさんのつくばマラソン奮戦記 田中猛雄さん

 42歳の厄年に脱サラして早はや6年、なんとか仕事も軌道にのってきたので昨年10月13日からランニングを再開。 仕事後の夜9時からの1時間のLSDだけをひたすら続けて月間走行250キロを目安にしてきた結果、まだまだデブですが体重も77→69(身長176cm)に減ってきて、ロバの脚からカモシカの脚とは言わないまでも駄馬の脚くらいになってきたでしょうか(^_^)。 そんな一人の48歳の叔父さんの『つくばマラソン奮戦記』です。

結果、3時間19分44秒
スタートロス0'28
5km-22'40(23'08)
10km-22'59(46'08)
15km-22'59(1:09'08)
20km-22'52(1:32'00)
25km-23'12(1:55'13)
30km-23'56(2:19'10)
35km-24'59(2:44'09)
40km-25'15(3:09'25)
42.195km-10'19

 4時50分起床。 睡眠時間4時間半。 5時45分地元千葉の走友・井上さんの車に同乗させてもらいつくばへGO。 (井上さんいつも運転すいません、感謝です。)順調に6時55分に現地到着。 相変わらず身体が熱っぽく鼻水が止まらず、 (実は先週東京国際女子マラソンを3箇所で興奮して走って応援し、汗をかいたのにそのままにしていた為、あれから風邪をひいてしまったのである)どうも熱っぽく、喉が痛み、 下痢も続いている。ヤバイぜ。全くもってテンション↓の状態は変わらず…。
実は今回は23回目のフルマラソンなのだが、今までで一番テンションが低い感じだ。 これは体調が良くないからだと思うが、やはり、『心・技・体』の充実があってはじめて参加する喜びがでてくるのだよなぁ。

色々な妻の声が聞こえてくる。
私『今日マラソンの試合だから夕方まで外出するから宜しく頼むよ』
A妻『自己新目指して頑張ってきてね。』
B妻『余り無理しないでね。フルマラソンは過酷なんだから…』
C妻『大好きなマラソンでストレス解消してきて来週も仕事頑張ってね』
D妻『貴方はいいわね、走る事で解消出来るんだから』
E妻『走ってばっかりいないでタマには子供と向き合ってよ、貴方は現実から走って逃げようとしているのよ』
F妻『貴方が走って自己満足する分だけ家族がバラバラになって行くのよ』
G妻『勝手に行って来たら…』
H妻『貴方が走って費やしている膨大な時間をもっと有意義な事にいかせばいいのに…』
I妻『走って何が面白いの。他に沢山やるべき事あるんじゃないの?』
J妻『その分もっと仕事したら…』

 色々な意見があるだろうが、みんないえてるんだよなぁ…。トホホホ…。 実際、マラソンは俗に言う『心・技・体』の全てが揃っていないと満足に走れないものである。 スポーツってそんなものかもしれないが…。
『心』…これはモチベーションというか、気力というか、その時の自分の人生そのものが出てきてしまうから難しいポイントである。 自分、家族、仕事等全てに敏感に反応してくるし、究極突き詰めると、『何故に走るの?』という事になってくるだろう。
 『技』…ランニングフォームに始まって、+調整能力というか、ポイント練習の上手・下手というか。 カーボローディングも含まれるかもしれない。
 『体』…マラソンを目標のタイムで走りきれる身体が出来ているかどうかに尽きると思うが、やはり「心」があっての「体」のような感じである。

 7時からデニーズで朝食。 いつも誰もが驚く大食いの私も全く食欲無し。 無理にトーストを突っ込む。気乗りしないまま筑波大学のグラウンドには8時10分到着。
 ゼッケンをシャツに付けて軽くストレッチを始めるが、冷や汗が出てきてなんか嫌〜な感じ。 頭痛もする。そうこうしているうちに10時になり、スタート30分前。 昨日からキロ4分30秒のペースでこの体調で何処まで行けるか実験してみようと決めていたが、 なんかキロ5分ペースでもヤバイ感じの体調だ。でもこのままキロ5分でスタートしたら、 今日このつくばで走っても何にも残せるものが無いという事なので、 もの凄く無謀かもしれないがキロ4分30秒のペースでスタートする事に再度決め、 後は何も考えずに10時30分、レース開始となる。 天候は絶好でとても気持ちがよいのだが…。

 スタート30秒前、事務局のH子さんを見付けあつい握手。嬉しいパワーを貰う。 スタートロスが28秒あったが、5キロを23:08で通過。 ロスを差し引くと22:40ということで、これはキロ4分32秒ペースだ。 ただこのペースがいつもよりもかなりキツイのだ。 このままでは多分潰れるよと、身体が脳に信号を送っているのを察知する。 この時点でキロ4分36秒、5キロ23分のペースに変更する事にする。 そのペースで25キロまで維持して行く。

 26キロ付近で沿道で応援しているNtちゃんを目ざとくこちらが見つけ、大きく手を振るとやっと気付いてくれる。 その時Ntちゃんの隣にいた人が『向こうから気付いてくれることもあるのね…』と言っているのが聞こえたが、 これって、いかにレースに集中してなくてキョロキョロして走っているという事であり、 ランナーとして寂しい限りでもある。 反省しながらただひたすら走っていると一気に疲れが出てきて足が段々と固まってきた。

 30〜35キロのラップは24:59で、なんとか5分を切っているものの身体は既にもがき始めている。 ここでもう一度修正、3時間20分切りだけは是が非でもしようと粘ることにする。 36キロ付近にまたこちらが応援しているNtちゃんを発見する(なんでまたここに移動してるのだろうか?)も、 もうこちらから手を振るのはやめようと決めていたので、 そのまま気付かれること無く通過(これって実際、ちと寂しい…)36.5キロ地点でまたこちらから俊足T村さん発見。 残念なからT村さんは全くこちらを気付いてくれずにまた通過(俺って全く人気無いのか、存在感ないのか、オーラが無いのか、これってかなり寂しい…)37キロ過ぎて、 菅平合宿で一緒だったN子さんがやっと私を見つけてくれて『お帰りなさい、後少し頑張って下さい!』と嬉しい声をかけてくれる。 甘いかもしれないが応援ってホントに背中を押してくれるんだよなぁ。 単純な私、嬉しくなり少しずつペースが上がり、喘ぎながらひたすらゴールを目指す。

 35〜40キロは25:15。 なんとかキロ5分03秒で粘っている事になる。 競技場手前で『タケさん、頑張れ!』の男性の声援が聞こえる。 もう誰だろうと確認する余裕も無い。 実は私、昭和51年の秋、筑波大学主催の400mの記録会でこのグラウンドで走っているのだ。 もう29年も前になる。元短距離ランナーはトラックに入ったら条件反射、 自然と大腿部が上がってくる。夢中でのスピードUPだ。 メロメロになって3時間19分44秒でやっとこさなんとかフィニッシュ。 ラスト2.195kmはキロ4分42秒まで粘ったことになる。

 疲れた〜。疲れきった〜。 フルマラソンって身体に良くないし、確実に寿命を縮めている感じが凄くする。 最後に、私の道楽「ランニング」を黙ってさせてくれている妻に一言。 『ホントに有難う。』


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