アトミクラブ
国際盲人マラソンかすみがうら大会
高橋勇市さん

<掲載にあたってのお断り>

 高橋勇市さんの原稿は不自由な目でパソコンに打ち込んでいます。音声入力や昔ピアノで培った指でパソコンのキーボード打ちに トライしています。漢字の変換などうまくいっていないところもあるかと思いますが高橋さんの走りに対するこだわりが十分通じますので送 られてきた原稿をそのまま掲載いたしました。了承願います。

視覚障害者ランナー 高橋勇市さんの大会参加報告

2002年4月21日 「第12回かすみがうらマラソン大会兼国際盲人マラソンかすみがうら大会」の大会参加報告を申し上げます。

 国際盲人マラソンかすみがうら大会のフルマラソン盲人の部に参加してまいりました。 7月に開催される世界選手権大会の選考会を兼ねた大会でありました。 日本人で一番もちタイムの早い選手が代表に推薦されます。

 私も、本大会に向けて練習を重ねてまいりましたが、 1月の宮古島での200キロウルトラマラソンの走りすぎによるダメージが大きく、 左足底筋膜炎になり、練習が殆どできず、 今度は2月中旬に入り右足の第1中足骨が痛くなり、痛みが軽減しないまま四月を迎えてしまいました。 心配になり、病院で、四月2日に、CTスキャンを、撮ってもらいましたが、 疲労骨折には、いたらず、とりあえず安静にしていました。

 痛みが、軽減しないまま、練習をしないまま、大会を迎えてしまいました。 この、3ヶ月間で練習と大会参加をふくめて走った距離は、150キロも走っていません。 痛みどめを、飲んでの、大会出場となりました。

 前日の、21日に、二階堂さんと、大野さんの3人で、かすみがうらに向けて出発しました。 土浦市内につきました。 ホテルの、チェクインをすませ、町に出ました。 夕食はたんすいか物を中心にご飯、うどん、おにぎり、等を食べました。 夜勤明けで、寝ていないので、早めに、寝ルことにしました。

 大会当日の、21日の朝をむかえました。 体調は、良くも悪くもなく、普通です。 ただ、右足の甲が、少し痛みます。痛みどめを飲んで会場に、向かいました。

 午前8時30分に会場につきました。 受け付け前で、鈴木邦男さんと、鈴木正武さんに、会いました。 伴走してくださる順天堂大学陸上部の、ながやまじょうさんと、いむた ゆうじさんと、 打ち合わせをして準備に取り掛かりました。 2人は、今年の、箱根駅伝を走った、エリートランナーです。 足が、故障していなければ、自己記録をぬり替えるのに最高の、 パートナーです。途中キケンしたくなかったので、3時間15分位ではしれる用に、お願いしました。 ウォーミングアップをしながら、色々なことを話しました。 スタート15分前です。前半を伴走してくださるながやまさんと、 スタート地点に向かいました。

 9時50分に、10マイルが、スタートしました。スタート3分前です。 スタート地点で、沖山さん、ぉ黒さん、岡田さんに、合いました。 午前10時、ピストルの合図で、一斉に、スタートしました。 大野さんが、「お先に」と、言いながら走っていきました。 大野さんは、今回サブスリーをねらうため、1キロ4分15秒ペースで、走ります。 しばらくして、西舘さんが「、頑張って」と言いながら追い越して行きました。

 1キロ通過が、4分30秒です。 的場さんが、「お久しぶりです。」と、声を、かけて通り過ぎて行きました。 アップダウンが、つずきます。周りは、ランナーで、いっぱいです。 前からも、後ろからも、足音が聞こえます。 ぶつかってきそうで、怖いです。

 5キロを、22分で、追加しました。 足が、少し痛いので、これ以上ペースを上げることが、できません。 10キロを、通かしました。43分です。 目標タイムより少し早いです。ランナーは、相変わらず多いです。給水をとりはしりつずけました。 15キロ辺りでしょうか。ランナーの足音が、急に、少なくなりました。 雨も降り始めてきました。あいかわらず、足の、痛みは、変わりません。

 20キロを、通かしました。1時間25分55秒くらいです。 このペースでいくと、ハーフを1時間30分台で通過します。 「大野さんに、追いつくなー」と思いながら走っていると、「おー高橋君。」と、大野さんと、岡田産が、声をかけてきました。 「この、ペースでいくとサブスリーは、無理ですよ」と言うと、はん文あきらめかけた返事が、かえってきました。 二人を追いぬいて走って行きました。

 永山さんから、いむたさんに、伴走が、バトンタッチされました。永山さん、有難うございました。 21キロ中間地点を、1時間31分位で通過して行きました。 雨は、あいかわらず、小振りです。お腹が、痛くなってきました。 ゃばいなーと、思いながら走っています。

「まもなく、25キロですが、給水は、取りますか。」と言われましたが、それどころでは、ありません。 「トイレが、あればお願いします。給水は、入りません。」と言いました。 25キロの、地点に、タイミングよく、かんいトイレが、ありました。 用事をすませ、再び走り始めました。5分くらいの、ロスタイムです。 一度立ち止まったので、足が、重く早く走れません。行けるところまでいこうと思いはしりつずけました。

 しばらく走ると、大野さんと岡田さんに追いつきました。また二人を追いぬいて、走って行きました。 大野さんの、サブスリーは、無いなーと、思いました。 30キロを、通かして行きます。足が、かなり重いです。右足の、甲は、それほど、痛みません。 「辺りは、たんぽだらけです。順天堂大学の、周りの、風景とあまり変わりませンよ」と、話をして走っています。35キロに、たどりつき ました。この、5キロは、ものすごく、長く感じました。苦しいです。

 しばらく走ると、長見さんが、「二〇メートル先に、八木さんが、いますよ。」と、声を、かけてきました。 長見さんも、足の故障で、早く走れないようです。 八木さんを、追いぬいて走っていきます。苦しいのは、皆いっしょです。我慢のしどころです。 ウルトラマラソンの、気分で、気持ちを入れ替えて走りました。

 40キロを通かして行きました。もう、ゴールが、ちかずいてきました。 残り1キロです。岡田さんが、「高橋君お先に。」と言いながら追いぬいて行きました。 カーブが、っずきます。「もうすぐゴールです。」と言われ、ようやくゴールしました。 3時間05分40秒です。 故障中で練習していない割には、まあまあの、タイムです。 足の方も激痛にはならずに、走れたので、ほっとしています。 早く完治させて、思いっきり走りたいと思います。 世界選手権には、出場できませんが、今回の大会で少し自信がつきました。

 大野さんが、ゴールしてきました。二階堂さんも、ゴールしてきました。3時間23分です。 二階堂さんの自己ベストです。

 雨の降りが、ひどくなってきたので、会場を、後にしました。 午後8時ごろまで、三人で、飲みまくりながら、反省介を、しました。 レースでは、大野さんには、勝ちましたが、ピールのノミップリには、負けてしまいました。


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