開催日:2004年1月25日(日)
【奥むさし駅伝について】
【第2回奥むさし駅伝競走大会結果上位10チーム】
【大会詳報】
<アトミクラブ>
6位 アトミクラブ 2時間03分48秒
1区は大学、実業団、一般クラブチームの精鋭が終結する、 まさにチーム力を占う区間。出場144チームがひしめく花の1区を新鋭向井が任された。 向井は大学や実業団選手の混じり、粘りに粘って13番手で2区中継点に駆け上がってきた。 昨年10月の「東日本国際駅伝」では旭化成の佐々選手とマッチレースを演じ最後は突き放した走力は記憶に新しい。 「12月から1月にかけてあまり走りこみが出来ていないんです」と言う向井に十全な活躍を望むのは無理だったが「奥むさし」1区の重圧を背中に受けて持ち前の粘りで、 2区で待つ高畑にタスキを繋いだ。 ライバル「川口陸協」の小林修(元早大の山登り男)には10秒差で食らいつき、 アトミの最大のライバル「ハートブレイク」には5秒差をつけて入ってきた。 この区間13位はあとで走るメンバーの奮起をうながした。 2区は高畑選手、ここ何回かはアトミクラブの看板を背負って1区を走ることが多かったが今回は1区を若手に譲った。 向井が持ってきたタスキを受け取ると前を行く次々に抜いた。 高畑はここで6人を抜き、区間7位の成績でチームを前に押し上げた。 ここでの走りはチーム6位入賞の足掛かりを作った。 ライバル「川口」にはすぐに追いつき、逆に50秒近い差をつけ、「ハートブレイク」にも1分以上の差をつけた。 3区は昨年2区を走ったベテラン熊沢。時折、きつい向かい風のある登りのこの区間4・5kmを持ち前のスピードで駆け上がる。 前を行く選手を捉えチーム順位をさらに引き上げる。 終始安定したペースで区間6位。4区で待つ新鋭諸熊へタスキが渡った。 4区諸熊はこの「奥むさし」は高校時代に「奥武蔵駅伝」の時に経験。 アトミのタスキを背負って走る「奥むさし」は初めて。 「ちょっと荷が重すぎますよ」と云っていたのがウソのように若さと馬力でこの短い下り区間を駆け下りた。 ここで区間6番。 5区さて次に待つはベテラン奥村。前“奥武蔵大会”では下りの4区、5区で過去区間賞を通算3度獲っている。 若いと思っていた奥村もいつの間にか30代半ばのベテランの域に達してきた。 昨年の区間2位のタイムには及ばなかったが大学生、実業団に交じってこの区間を8番手で最終区石田に。 兄貴的存在感を示した。 6区石田のアンカーはもう何年振りだろう。 高校を出てまだ間もない頃にアトミのアンカーで走って以来か?それから年月は6、7年経つ。 今期、石田は復調し、久々に14分台を出した勢いを利かして、この「奥むさし」に燃えていた。 あいにく12月の走り込みがたたってか、足を痛め走りも危ぶまれたが、 「奥むさし」へのこだわりの気持が大事な最終区の長丁場でがんばりきれた。 ライバル「ハートブレイク」にはさらに差を広げ、「川口」の武田の追い上げも最小限に押えた。 大学、実業団に続いてみごと6番目のテープを切った。
<織田Fクラブ>
20位 織田Fクラブ 2時間10分58秒
織田Fクラブの1区は若手の伸び頭、酒井(拓)。昨年秋に15分台を出した勢いを買って1区に抜擢される。 猛者がひしめく花の1区を35番手で大学の後輩、久保田につなぐ。 2区久保田は20歳の若さにもの言わせて先行チームを追い抜いていく。 区間21位でチームを大幅に前へ引き上げた。 3区大舟は昨年から練習会に参加した新鋭。東日本にも出場したが力はまだ未知数。 だが厳しい登りの区間を風をものともせず期待以上の快走でさらにチーム順位を引き上げた。 4区はこの下りの4区を志願して出場した菊島。 40歳には見えない走りでチームの順位をキープ。 5区昨年の同区間を走ったが、今回記録を縮めたにも拘わらず区間21位、 出走後「もう少し順位が上だと思ったが…」と洩らした飯村だったがこれだけ多くの大学チームが入ってのこの区間順位は「頑張った」の一語に尽きる。 6区は久し振りに奥むさしを走った野口。 ここのところ練習会への参加は少ないがフルマラソンでは2時間24分前後を安定してキープしている力はダテではなかった。 いい走りをみせた。 ここまで前後のチームとの距離が開いてくるとチーム順位を押し上げるのが精一杯。 野口もいよいよベテランの称号がふさわしくなった。
---------------- 激しい先着争い、終始安定していた「代々木ベテランズ」が先着を果たした。 「代々木公園RC」・飲兵衛軍団「原宿走友会」はもう一歩届かなかった。 「原宿走友会」の盲人ランナー高橋勇市選手は最終区で先行チームを猛追したが届かず。 駅伝初体験を力走で飾った。本命、銀髪軍団「シルバーズ」(平均年齢58歳)はアクシデントの連続で先着争いから脱落。 (以下「代々木ベテランズ」=ベテランズ、「代々木公園RC」=公園RC、「原宿走友会」=飲兵衛ズ、ATMシルバーズ=シルバーズとして呼称する。) 49位 代々木ベテランズ 2時間25分13秒
50位 代々木公園RC 2時間26分13秒
52位 原宿走友会 2時間27分11秒
65位 ATMシルバース 2時間30分40秒
<1区>1区はまず、当日朝、代走を申し付けられた「ベテランズ」の斉藤悟が飛び出した。 「公園RC」の中沢政が1分の差で続く。「飲兵衛ズ」石井も1分30秒差で喰らいつく。 本命「シルバーズ」の篠原義は調子が出ないままさらに1分の差で2区に。 <2区> 2区では「公園RC」の加藤が復活の走りを見せた。 「ベテランズ」の秋葉がスピードに乗れないとみるや追い抜くとともにさらに差を広げる。 「飲兵衛ズ」梨本も秋葉を猛追する。2分近い差を20秒差まで詰める。 「ベテランズ」の秋葉は厳しい走りを強いられたが、この区間ではその後の展開を面白くした立役者。 「シルバーズ」の吉岡も手堅く前を追い上げた。 <3区>でさらに順位が逆転。「ベテランズ」の小川が、先行「公園RC」の中川との48秒があった差を逆転し、 さらに6秒の差をつけた。 「飲兵衛ズ」代走関田は小川との20秒あった差を途中縮める場面もあったが後半の登りでヘバり、 小川、中川に逆に差を開けられた。 「シルバーズ」は代走小賀田が昨年のように快走を演じようと走り出した矢先、太腿に肉離れが起きた。 左太腿に出た痛みで走るというより終始足を引きずる形でタスキをつないだ。 ここで小賀田が走りをやめなかったことが「シルバーズ」のタスキを最後まで繋げた。 62歳、小賀田に「シルバーズ」最年長の意地をみた。 (小賀田さん、ごくろうさまでした。ケガをおしての走りに敬服いたしました) <4区>ここで更に順位が逆転した。 昨年は風邪で出場できなかった「公園RC」の加賀が先行「ベテランズ」の原に喰らいついた。 追いつき、並走、突き放しと原と駅伝の醍醐味を演じた。 紅一点「飲兵衛ズ」の本田は故障が癒えず本来の走りが出来なかった。 「シルバーズ」伊藤君夫は少しでも前のチームとの差を縮めるため奮走した。 本田との差を1分近く詰めた。 <5区>ここまでくると「ベテランズ」と「公園RC」のマッチレースになった。 先行「公園RC」の大野を「ベテランズ」税所が懸命に追った。 税所は大野を捉えるとさらに19秒の差をつけた。 「飲兵衛ズ」伊藤真も大野との差を詰めたが「ベテランズ」には差をつけられた。 ここで「シルバーズ」の金井がこの区間トップの記録でまだまだあきらめない意地を示す。 いよいよアンカー勝負。「公園RC」のと「ベテランズ」の差は18秒。 最終区の再々逆転に希望をもたせた。6区は伏兵「飲兵衛ズ」の高橋勇の走りにも期待がかかる。 <最終6区>では「ベテランズ」の中井が逃げ切り49位でゴール。 続いて「公園RC」の染谷が追撃及ばず1分差の50位でゴールをする。 注目の「飲兵衛ズ」高橋勇市は伴走、中澤、永見、酒井を引き連れ「ベテランズ」・「公園RC」を追い上げ10人近くをごぼう抜き。 アルコールの染み付いたメンバーのタスキを52位で持ってきた。 高橋は駅伝初体験を果たし、アテネの代表の座に向けて弾みをつけた。 おっと、ここで忘れてはならない「シルバーズ」の福爺こと福岡についても触れておこう。 マスターズ60歳台の日本記録保持者は、61歳の老体(シツレイ!)に鞭打って4チームで2番目のタイムでゴールした。 「シルバーズ」(平均年齢58歳)は1区の不調、 3区のアクシデントが悔やまれるが58歳、52歳、62歳、57歳、61歳とオールド銀髪ランナーで繋いだ走りは敬服の一語につきる。 来年もやるよ。
当日は早朝から寒い中を多くの付き添いの方から選手をサポートしていただきました。 どうもありがとうございました。おかげ様で出場選手は思い切り走る事ができました。 <付き添い、応援の方々> 若松宏一さん、森義昭さん、袴田悦子さん、小黒ミホ子さん、 西部京子さん、遠藤昌志さん、遠田政治さん、中井嘉子さん、 神原淳一さんたちでした。 粕谷達さんには新年会の面倒を見ていただきました。 ありがとうございました。 <伴走> 中澤修平さん、永見真吉さん、酒井健雄さん 伴走ごくろうさまでした。 高橋勇市選手も万全の状態で走れたと思います。
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