アトミクラブ
勝手にライバルちゃん
木田千香 入会2004年)

 2004年、アトミクラブ入会当初はトラックでのスピード練習が楽しくて毎週織田に通いました。当時の練習内容は設定タイムごとではなくA〜Dのグループ分けで行われていました。
 毎週参加していると自然と周囲の顔ぶれが決まってきます。ランナーにしてはやや恰幅のよいヒゲの男性となんとなく競うようになりました。私は心の中で「勝手にライバルちゃん」と命名し、毎週彼を追いました。ほどなくして、その彼は誰もが知っている大手居酒屋の会長であると知ります。
 定番の1000m×7本のインターバルでは常に前後して走りますが、最後の1本ではいつも負けます。意識的にラスト1本に余力を残して挑んでも、ほとんど勝つことはありませんでした。
 お互い毎週アトミクラブの練習会に参加できなくなった数年後、久しぶりに対決の時が来ました。東日本駅伝の1区です。スタートから飛ばしていく会長を「いつも入りが速いんだよね」と思いながら私はマイペースで走り、2kmくらいで抜かしました。その後は会長の存在を忘れて走っていましたが、中継所手前で気を抜いていたところ、すっと横に会長が。 「しまった!全く気付かなかった!!」。直前まで気配を消して追ってきていたのでしょう。会長のラストスパートのすごさは知っています。あっけなく敗北。
 この勝ちへのこだわりが一国の主と凡人の私の差でしょうか。とても満足げな会長をみて、これはサラリーマンの間でよく聞く取引先の偉物にわざと勝たせる「接待ゴルフ」ならぬ「接待マラソン」かと思いました。もちろん私は真剣勝負でしたが。悔しいけど「まっいっか」と思ってしまいました。そんな会長とは今年(2019年)高島平の5kmで数年ぶりの対決を約束しています。
 会長以外にもその時々に存在した「勝手にライバルちゃん」たちのおかげで記録向上できました。年齢も性別も地位も超えて切磋琢磨できるところがアトミクラブの素晴らしいところです。
 こんなクラブに出会えて私はとても幸せです。
 ここ数年ほとんど参加できていませんが、また時間を作って参加したいと思っています。


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